OBインタビュー: 日本IBM株式会社CTO 宇田茂雄様
東京大学OB/OGの方々の中には,卒業後も学生時代の研究と近い仕事に取り組まれている方や,学生時代とは少し違う業界や分野で活躍されている方まで,実に様々な方がいらっしゃいます.
今回は,1983年に工学部合成化学科(現在の化学生命工学科)を卒業され,現在は日本IBM株式会社にてCTO(Chief Technical Officer 最高技術責任者)を務めていらっしゃる宇田茂雄様に取材させて頂きました.IBMは「コンピュータの会社」というイメージを持っている方が多いのではと思いますが,実際のところは現在どのようなことに注力されているのか,また,化学系出身の宇田様が情報系へ就職された経緯などについて,お話を伺ってきました.
Q. これまでされてきたお仕事について教えて下さい.
私はIBMに入社以来,SE(システムエンジニア),特に現場寄りのSEとして,通信会社や銀行といったお客様に喜んで使ってもらえるようなより良いシステムを作るための仕事をしてきました.プログラミングなども多少はやりますが,ずっと座りっぱなしということはなく,実際にお客様と会って話し合いを進めるなかで,「災害に強いもの」「会社の合併によって処理量が増えても耐えられるもの」などの多種多様な要件を聞き,それに応えるためには,新しいものを作るべきか既存のものを拡張すべきか,またそれらをどのように組み合わせればよいかなどを判断し,システム全体を設計していくということを主にやっていました.
SEの仕事の中で大変だったのは,お客様の要件を正確に把握し,スケジュール,お金,人員が限られているなかで目的を満たすシステムを作っていかなければならないという点でした.
日本IBM CTO 宇田茂雄 様
1996年に通信・メディア(放送・新聞)担当の管理職となった後は,ソフトウェアだけでなくハードウェアも含めた技術系各部門の管理職を歴任し,2007年からはCTOとなりました.現在は幅広い分野や国籍の技術者の面倒を見ながら,
①技術戦略をいかに営業戦略につなげるか
②技術者をどのように活気づけるか(Technical Vitality)
といったことに重点的に取り組んでいます.
Q. IBMという会社,およびコンピュータ業界について教えて下さい.
もともとIBMの利益の多くを占めていたのはサーバなどのハードウェア部門でしたが,社会の変革に合わせて会社内の構造も変え,現在はソフトウェアとサービス(コンサルなど)による利益が半々くらいです.事業の特徴としては,薄利多売の製品(PCなど)は取捨選択し,多少高価であっても付加価値の高い製品に注力しています.
現在は,Watson(後述)などの,人の脳細胞をヒントにした学習する(コグニティブ)コンピューティングに力を入れており,そのために会社としてもナノテクノロジーに多く投資する,脳科学の分野の研究者を増やすなどの改革を行っています.
Watson(ワトソン)
IBMが開発した「コグニティブ・コンピューティング」の先駆け。自然言語処理によって与えられた質問文の内容を分析し,約2億ページ分の文書に相当する情報の中から質問の解答の候補を絞り,それらの確信度を計算して正解を導き出すという処理を高速で行う.写真は2010年当時のWatsonで,ラックの中に数台のサーバコンピュータが並んだ構成になっている.これを用いて2011年,アメリカの人気クイズ番組「ジョバディ!」でクイズ王と対戦し,見事勝利を収めた.現在はさらに集積化・小型化が進み,様々な現場への導入が現実的となってきている.
実際にアメリカの病院では,患者の状況,家族情報,検査結果を入力することで,過去のデータ(数十万症例)を基に,治療法,疑われる病名,追加検査の提案などをWatsonが行うシステムが実用化されている.その他にも,コールセンターでのお客様対応や,ネットショッピングでのユーザーとの対話による商品の絞り込みなどにWatsonを用いることが可能である.
Q. 大学での専攻とは異なる業界に入ることに抵抗のある学生が多いと思うのですが,宇田様自身はどうでしたか?また何か準備しておいた方がよいことはありますか?
この業界への就職に関して,抵抗,ハードルのようなものはあまりなかった気がします.私は仕事を選ぶにあたり,よりお客様と接する機会の多い仕事がやりたくて,またそれが自分の性に合っているとも思ったので,SEという仕事を選びました.私が就職した頃は現在よりも大学内に情報系の学科が少なかったため,ITの職種については学生側の供給よりも企業側の需要の方が多い状態でした.情報系学科の充実した今でも,どちらかといえばまだ需要の方が多い気がします.それもあって,就職した後の会社内教育は充実していたので,有難かったです.
IT業界を知るために,いろいろな本を読んで勉強することなどは大事ではあると思いますが,それはあくまでもオプションで必須ではないと思います.大学ではまず自分の研究にしっかり取り組み,それについて極めることが重要です.一つのことを深くやった経験のある人は,その後新しいことを吸収するのも早いです.
Q. いまの学生に,在学中に身に付けておいてほしいことは何ですか?
大学の研究やそれ以外の活動の中で身に付けておいた方がよい能力としては,全て一人でやろうとするのではなく,友人,先輩後輩,先生方などとのコミュニケーションを通じて,他人と協力して物事をこなせる能力だと思います.具体的には,自分のやっていることを理路整然と話せる能力や,他人の話を正確に聞き取る,また聞き出していく能力が身についているとよいです.そのためには,他人がどういう研究をしているかなどの情報を共有したり,異分野,異文化との関わりを持ったりする機会を積極的に持つことが重要だと思います.他の業界のお客様と仕事をしていくなかで,精通していない分野の業務の要点を的確に捉えられる必要がありますし,企業の中で求められることは「一人の天才としてイノベーションを起こすこと」ではなく,「他の社員と協力し,企業全体としてイノベーションを起こすこと」ですので,ぜひ学生のうちに「他人とのコラボレーション」を多く経験しておいてもらいたいと思います.
(インタビュアー 岡 功)